クラシック・ミニを作っていたメーカーって?BMCからローバーまで、その変遷を解説
イギリス車を代表的する小型車・ミニ。
現在もレトロなデザインが人気のある車種で、
特に元祖クラシックミニは古くから多くのメディアに登場。
クルマに詳しくなくてもこの形は見覚えがある・・・そんな人も多い名車です。
しかしながらこのクラシックミニを作っていた自動車メーカーの名前がパッと浮かぶ人はあまり多くはいないのではないでしょうか。
「ローバーミニ」という名称がよく知られていますが、ミニが初めて世に出た当時、ローバーはまだ全然関係のないメーカーで、ローバーを名乗っていた期間はミニが生産されていた41年間のうち最後の10年間だけなのです。
このように、クラシックミニのメーカーおよび販売ブランドは度々変更されてきた歴史があり、それがミニを作ったメーカー名として定着しない要因になっています。
今回はそんなクラシックミニの製造会社とブランドの変遷について解説していきたいと思います。
目次
BMC (1952年 – 1966年)
By DeFacto – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 2.5, リンクによる
まず最初にミニを生み出したのはBMCという会社です。
BMCはBritish Motor Corporationの略称で、1952年に「オースチン」と「モーリス」の合併により誕生した自動車メーカーです。
厳密にはモーリス側はナッフィールド・オーガナイゼーションという自動車メーカー名で、この会社ではモーリスのほかに「MG」、「ウーズレー」、「ライレー」というブランドを擁していました。
またオースチン側は「バンデン・プラ」という高級ブランドも持っていました。
BMCの発足により上記のブランドが合流し、当時のイギリス最大の規模を誇る自動車メーカーとなったのです。
- オースチン
- バンデン・プラ
- モーリス
- MG
- ウーズレー
- ライレー
ミニは1959年にこのBMCから「オースチン・セブン」と「モーリス・ミニ・マイナー」という名前で登場しました。(1962年にはオースチン・セブンは「オースチン・ミニ」と改名)
両車の違いはグリル形状くらいで、所謂バッジエンジニアリングモデルです。
1961年にはウーズレー/ライレーより「ウーズレー・ホーネット」、「ライレー・エルフ」というクルマが誕生。
これはミニをベースに高級仕様へ仕立てたモデルでした。
BMH (1966年 – 1968年)
1966年にBMCはジャガーと合併し、新たにBMH(British Motor Holdings)という自動車メーカーになりました。
この合併により「ジャガー」および同社が保有していた「デイムラー」の2ブランドが加わり、BMHの保有ブランドは8つにまで増えました。
- オースチン
- バンデン・プラ
- モーリス
- MG
- ウーズレー
- ライレー
- ジャガー
- デイムラー
ミニは引き続きオースチンとモーリスの2ブランドで展開され、このBMHの時代にはマイナーチェンジによりMk-IIと呼ばれるモデルになっています。
BMH時代は短命で、発足からわずか2年後にさらなる合併が行われるのでした。
BLMC (1968年 -1975年)
1968年にBMHはレイランド・モーターズという、
トラック・バスメーカーとの合併によりBLMC(British Leyland Motor Company)へ生まれ変わりました。
レイランド・モーターズはこの合併までにトライアンフ、ローバーを買収しており、BLMC発足によってそのブランド数は11にまで膨れ上がりました。
- オースチン
- バンデン・プラ
- モーリス
- MG
- ウーズレー
- ライレー
- ジャガー
- デイムラー
- レイランド
- ローバー
- トライアンフ
ここまでくると、もはやブランド間の差別化に対応できず、
2シーター・スポーツカーで競合していたMGとトライアンフのように、身内での食い合いが頻発するように。
煩雑になったブランドの合理化を進めた結果、ウーズレーとライレー、バンデン・プラはこのBLMC時代でブランド廃止に陥ってしまいました。
ミニのほうは1969年のマイナーチェンジにより、それまでのオースチン/モーリスのブランドが外され、BLMC名義での販売となりました。
リアやステアリングにはMINIのバッジが装着され、後にローバー・ミニとなるまではどこのブランドにも属しない、独立した存在になっていました。
また、顔つきがガラリと変わった「クラブマン」もこの時代にデビューしています。
BL (1975年 – 1986年)
By The359, CC BY-SA 3.0, Link
BLMCは業績の低迷に歯止めをかけられず、1975年に国有化。社名はBL(British Leyland)になりました。
BL時代では、まず1978年にローバーから四輪駆動車「ランドローバー」が別部門として独立。
1981年には大衆車部門がARG(Austin Rover Group)として組織されます。
さらにこの頃からホンダと技術資本提携を結び、トライアンフやローバーのクルマがホンダ車ベースへ置き換わり始めました。
1984年ではジャガー・デイムラーが民営化によりBLの元を離れました。
また同年にはトライアンフと、かつてミニを販売していたモーリスのブランドが終息してしまいます。
このようにBL時代においてもブランド廃止や独立が続き、最終的に生き残ったブランドは以下のように。
- オースチン
- MG
- レイランド
- ローバー
- ランドローバー
- (ミニ)
ミニは引き続き各ブランドに属さず、BL名義で継続販売されました。この時代にセンターメーターが廃止になっています。
ローバー・グループ (1986年 – 2000年)
By Vauxford – Own work, CC BY-SA 4.0, Link
1986年にBLはローバー・グループへと改名。
ローバー・グループとなった直後の1987年にトラック・バス部門(レイランド)は売却、オースチンブランドは廃止となりました。
1988年に民営化され、1994年にはBMWが保有することに。
ミニは1990年にローバーブランド扱いとなり、名称はローバー・ミニとなりました。
ローバー・ミニ時代のトピックスとしては、キャブレターからインジェクションへ変更されたこと、
1971年以来しばらく途絶えていた「クーパー」モデルの復活などが挙げられます。
2000年にはついにミニの生産が終了し、2001年のBMWによる新生ミニへと引き継がれました。
ローバー・グループの保有ブランドは最終的には以下の3つと、かつてのBLMC時代から大幅に削減されてしまいました。
- MG
- ローバー
- ランドローバー
余談:MGローバー (2000年 – 2005年)
結局BMWによるローバー・グループの経営は上手くいかず、各部門は分割・売却されます。
ミニはBMWの手元に残り、現在も続くBMWミニのブランドを築き上げます。
ランドローバーはフォードに売却され、そこでジャガーと合流。
後にインドのタタ・モーターズ傘下に入り、現在に至っています。
MGとローバーはフェニックス・コンソーシアムという会社が手に入れ、MGローバーを設立。しかしこれも上手くいかず、2005年に倒産。
MGの経営権は中国の南京汽車が引き継ぎ、ローバーブランドはタタが所有することになりました。
BMHから続いたイギリスの自動車メーカー群は、散り散りになってしまったのです。
まとめ
ミニはBMCから始まりBMH、BLMC、BL、ローバー・グループと生産メーカーの組織が次々に変化していく、
混沌とした状況下で生産されていました。
取扱いブランドについても、オースチン/モーリスからBLMC、BL、ローバーへと変わっていきました。
故にミニのメーカーを一言で表すには、時代によって違うので中々難しいのです。